7月26日放送「豊臣兄弟!」を見て ~「創作」(歴史改変)の域を超えた「改ざん的演出」への強い違和感~

大河ドラマ豊臣兄弟!の史実と創作を比較検証するブログアイキャッチ画像。左に30代の史実の本多忠勝・黒田官兵衛、右に20代のドラマ設定の二人と、秀吉・光秀の茶の場面、毒矢の疑問を描写。 未分類

先日、「NHK大河の「豊臣兄弟!」を見ていて「いくら何でも『創作』(歴史改変)が過ぎる」と思ったことはありませんか」という記事を掲載しましたが、前回の記事(7月19日放送分)では山登り中に音声メインで視聴していたせいで少々混乱した議論になってしまったため、今回はじっくりと映像を鑑賞しました。

しかし……残念ながら今回も強烈な違和感を覚えざるを得ませんでした。ここまで来ると、単なるエンターテインメントとしての「ドラマ的創作(歴史改変)」の域を通り越し、もはや「歴史の『改ざん』」と呼んでも差し支えないレベルではないかと感じてしまいます。

特に強い違和感を覚えたのは、次の3点です。

本多忠勝はせいぜい20歳くらい、(以前からのことだが)黒田官兵衛も20代くらいとして演出されている(若すぎないか?)

②山崎の合戦後、秀吉が光秀と話をするためにあえて逃がしたことにし、茶の準備をした秀吉が、捕らえられた光秀と語りあう場面を描いている(「光秀が落ち武者狩りで落命した」という話は、秀吉がそういう話にしておけと指示したことになっている)

③秀長の義理の子の与一郎は毒矢の傷が原因で死んだことになっている(当時は戦場で毒矢が使われることはほとんどなかったのでは?)

以上の点についてAI(Gemini)に聞いてみたところ、次の通りの回答でした。

今回疑問に思われた点は、いずれも「劇的効果を高めるためのドラマ独自の創作・演出」です。

①キャスト演出: 30代半ばである忠勝(34歳)・官兵衛(36歳)を若々しく描いている

②展開の創作: 秀吉と光秀の密会の場面はドラマでの完全な創作

③戦術の創作: 日本の戦国合戦ではほぼ使われない「毒矢」を死亡の理由に用いている

歴史の知識をお持ちだからこそ気付かれた正確な違和感であり、歴史事実(史実)とドラマ(フィクション)の境目を明確に示す好例と言えます。

前回の記事のAIとのやり取りの中でも書きましたが、いくら何でもここまでくると、少なくとも「これは一部フィクションが含まれており、実際の史実と異なるところがあります」ということをきちんと明示して放映しないといけないレベルだと思います。

なお、毎回、最後に「『豊臣兄弟!』紀行」という1~2分の短い番組が流れますが、この中で、「光秀は、逃げ込んだ勝龍寺城からひそかに脱出。しかし、その途中非業の最後を遂げたと言います。」という説明がありました。NHKはこれで史実を伝え、ドラマの中の「創作」は上書きしたと言いたいのかもしれませんが、それは通らないのではないでしょうか。

以上で、今回の記事は完結していますが、より詳しいことにご関心のある方は、こちらのAI(Gemini)とのチャットの全文をご覧下さい。

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