映画「わたしの知らない子どもたち」感想~戦争孤児の悲惨な境遇や終戦直後の世相がよく描かれた良作。ただ、史実の描き方が表面的に止まった点は残念。

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映画の概要(「映画.com」より引用)

戦争で家族と日常を奪われた12歳の少女・琴子は、生き延びるため自らの性別を隠し、少年として生きることを選ぶ。進駐軍相手の慰安施設や路上売春が広がるなか、少女であること自体が危険となる現実から逃れるための決断だった。(中略)一方、かつて琴子が疎開していた学校の教師・曽根は、戦時中は軍国主義教育に加担した側だったが、敗戦により信念も立場も失い、過去の責任と向き合いながら生きることを余儀なくされる。

ネタバレなし感想

上映時間が150分と長く、少し中だるみを感じさせる部分もありましたが、全体として戦争孤児の悲惨な境遇や当時の世相がよく描かれており、見応えのある良作だと思いました。

特にラストシーンは素晴らしく、主演の少女が見せる将来への希望を感じさせる表情が、周囲の美しい風景と相まって大変強く印象に残りました。

監督は社会派として知られる西川美和監督ですが、史実の描き方がやや表面的だった点が少し残念に感じられました。ここをもっと深掘りして描いていれば、戦争孤児の悲惨さや社会の陰惨さがよりリアルに浮き彫りになったのではないかと思います(詳細は後述します)。

キャスト:空恐ろしい新人・小八重葵美ほか

主役の12歳の少女・琴子を演じるのは、小八重葵美(こやええみ)さん。この子の演技は本当に凄いと思いました。今年の映画賞の新人賞は、彼女が独占するのではないでしょうか。(ひょっとしたら主演女優賞?さすがにそれは難しいか・・・。)
映画「ルックバック」の子役の2人(七瀬ふうりさん・岡田六花(ろっか)さん)も非常に良かったですが、小八重さんには及ばないでしょうね。少し気の毒です。

サブストーリーとして描かれる教師・曽根役を演じた二階堂ふみさんも、悲しみを奥底に秘めた演技が大変素晴らしかったです。「二階堂ふみは、ここまで深みのある演技ができる女優だったのか」と、正直驚かされました。

共演は、役所広司、田中裕子、岡田准一、竹野内豊、吉田羊など、キャスト一覧を見るだけでクラクラしそうな超豪華な面々。

なお、主役・琴子の相方となる少年役については、役柄の設定や背景に照らすと「少し幼すぎるのでは?」という印象を個人的には受けました。

史実の描き方が表面的に止まった点は残念

本作の背景となっている次の3点は、にわかには信じ難い内容ですが、すべて歴史的事実です。

▶ 米軍慰安施設の開設に日本政府が深く関与

1945年(昭和20年)8月の終戦直後、日本政府は連合国軍(主に米軍)兵士による一般女性への性暴力や混乱を防ぐ「防波堤」とする目的で、組織的な慰安施設の開設に深く関与・主導しました。

ポツダム宣言受諾直後の8月18日に、内務省警保局長から全国の都道府県知事や警察幹部に対し「占領軍将兵用慰安施設を急ぎ設営せよ」との緊急通達が出され、運営主体の資金調達には大蔵省(当時)や日本銀行も便宜を図ったほか、施設の確保・斡旋には警察(警視庁など)が直接動きました。

女性の募集については、新聞広告等で「新日本の女性求む」「良家の子女」といった名目で事務員・ダンサー等の求人を装い、集まった多くの女性たちが慰安婦として従事させられました。

▶ 浮浪児の「狩り込み」と重労働への従事

終戦直後の1940年代後半(昭和20年代前半)、闇市や地下道にあふれていた「浮浪児(戦争孤児など)」に対し、警察はトラックなどで一斉検挙し施設に収容していました(通称:「狩り込み」)。

しかし、施設からの脱走や犯罪に走る子どもたちが存在したため、警察や都・行政当局は「社会からの隔離」と「逃亡防止」を目的に、人里離れた場所や離島(八丈島やお台場など)に特別収容施設を建設し、こうした子どもたちを収容しました。

収容された子どもたちは、まともな教育は与えられないまま、自給自足のための農作業や開墾などの重労働に従事させられていました。

▶ 警察が旧植民地出身者を抑制するため暴力団に協力を要請

終戦直後の混乱期、旧植民地(朝鮮半島や台湾など)出身者の一部が、自らを「解放国民」あるいは「戦勝国民」と位置づけ、日本の法令や警察権力に従わないケースが生じており、闇市の権益を巡る争いも多発していました。

弱体化していた日本警察だけでは暴動や闇市の治安維持を抑えきれなくなったため、警察当局が地元の露店商組合やヤクザ組織に協力を要請する事態が起こりました。

1946年7月に起きた「渋谷事件」はその最も代表的な例です。渋谷闇市の利権を巡り台湾人グループによる襲撃情報を得た渋谷警察署長らは、地元の博徒や愚連隊の幹部に警備の助太刀を依頼。これに応じた約120〜130人のヤクザ・愚連隊組織が竹槍や日本刀、拳銃等を携えて渋谷警察署に結集し、警察官約400人と共闘する形で台湾人グループと大規模な銃撃戦・乱闘を繰り広げました。

これらの史実は、本映画でも描かれてはいるものの、描き方としては表面的なものに止まっているとの印象を受けました。

戦前、戦争を推進していた政府や警察が、敗戦後は一転して上記のような施策に主体的・能動的に関与し、その犠牲として戦争孤児や元教師の曽根のような女性たちが酷い目に遭わされることになった…….。そうした社会構造や対立の構図にまで踏み込んで描かれていれば、戦争孤児たちの悲惨さや、当時の社会・世相の陰惨さがより鮮明かつ深く伝わったのではないかと、そこの点は残念に感じさせられました。

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