【長崎県・平戸】平戸城の天守は「偽物」!? 昭和ロマンと「城を活かした地方創生」の最前線

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長崎県平戸市のシンボルであり、海を見下ろす絶景スポットとしても人気の「平戸城(別名:亀岡城)」。

日本100名城にも選ばれている名城ですが、実は「現在の天守閣は歴史考証に基づいたものではない、真っ赤な『偽物』!」という事実をご存知でしょうか?

この記事では、平戸城に隠された意外な真実や、なぜそれが「現代の文化財保護のルールの下では絶対に許されないのか」という文化財保護の裏側、そして全国に広がる「城を活用した地方創生の取り組み」についてご紹介します!

1. 衝撃の事実! 江戸時代の平戸城には「天守閣」がなかった?

平戸城を訪れると、小高い丘の上に立派な天守閣がそびえ立っています。
しかし、歴史的文献や絵図を紐解くと、驚きの事実が分かります。

もともと天守閣は存在しなかった
 江戸時代初期、平戸藩藩主の松浦(まつら)氏が平戸城を築城した際には、徳川幕府への配慮などから最初から天守閣は建てられませんでした。代わりに「乾櫓(いぬいやぐら)」という櫓(やぐら)を天守閣代わりとして使っていたのです。

現在の天守は昭和生まれの「模擬天守」
 現在私たちが目にする天守閣は、昭和37年(1962年)に観光振興と資料館として新しく建てられた鉄筋コンクリート製の「模擬天守」です。しかも、かつて櫓すらなかった場所(沖見櫓の跡地など)に建てられているため、場所も構造も史実とは大きく異なります。

2. 現在の文化財ルールでは「絶対に許されない!」再建方法

昭和30年代(高度経済成長期)には、平戸城のように 「観光のために天守閣風のコンクリート建物を建てよう」という動きが全国の城跡で盛んに行われました。
しかし、現在の文化財保護法や景観・建築基準のもとでは、こうした再建は「絶対に許されない(許可が下りない)!」ケースがほとんどです。

なぜ現在では絶対NGなのか?

▶本物の遺跡(文化財)を傷つけるため
 史実と異なる重いコンクリート建築を本物の城跡(石垣や地中遺構)の上に建ててしまうと、本来の歴史的価値や地下の遺構が破壊されてしまいます。

▶「厳格な歴史考証」が求められる時代
 現代の城郭復元では、絵図や古文書、発掘調査に基づく「木造による正確な復元(史実通りの復元)」が絶対条件となっています。史実と異なる創作デザインの建物は「復元」とは認められず、文化財としての価値を損なってしまうためです。

つまり、現在の平戸城天守閣は「昭和というおおらかな時代だったからこそ実現できた、ある種の歴史的産物」と言えます。

3. 全国で加熱する「城」を活かした地方創生の取り組み

「史実と異なる建物は建てられない」「老朽化したコンクリートの天守閣をどうするか」という課題に直面する中で、現在、日本全国で「城という地域資源を現代にどう活かし、地方創生につなげるか」という新しい試みが広がっています。

観光客を呼び込み、地域の歴史・文化を未来へつなぐための多様な具体例を以下ご紹介します。

① 「城泊(キャッスルステイ)」で特別な体験を提供
 単に見学するだけでなく、「殿様気分で城に泊まる」という高付加価値な体験を提供する取組みです。

▶ 愛媛県・大洲城(おおずじょう)
 木造復元された天守に1日1組限定で宿泊できる日本初の本格「城泊」を実施。甲冑を着た家臣のお出迎えや太鼓の合図など、本物の歴史体験が国内外の富裕層・旅行者に大人気となっています。

▶ 長崎県・平戸城
 平戸城でも、昭和に作られた懐柔櫓(かいじゅうやぐら)をリノベーションし、常設型としては日本初の城泊施設「平戸城 CASTLE STAY」を開業。史実通りの復元建物ではないからこそ、宿泊施設へ柔軟に改修できたという強みを生かした好例です。

② 木造復元による「本物の歴史体験」と地域経済活性化

▶ 愛媛県・大洲城や熊本県・熊本城など
 徹底的な史実考証のもと、伝統工法で作られる木造復元は、地元の職人技術の継承や文化財価値の飛躍的な向上につながります。名古屋城でも天守閣の木造復元計画が進められており、観光の目玉として地域全体の経済効果が期待されています。

③ ナイトタイムエコノミーやアートイベントとの融合

▶ 高知城(高知)や二条城(京都)など
 夜間の城郭を光やデジタルアート(TeamLabやNAKEDなど)で彩るナイトイベントを開催。これまで昼間中心だった城観光に「夜の楽しみ」を作り出し、地域での宿泊数増加や飲食店への波及効果を生み出しています。

4. 平戸城の「本物の見どころ」とこれからの魅力

地方創生の取り組みが進む中で、平戸城も「コンクリート天守があるだけの城」ではなく、本物の遺構と新しい活用法が融合した魅力的なスポットとなっています。

▶ 山鹿流(やまがりゅう)の陣法に基づく縄張りと石垣
 兵学者・山鹿素行の軍学に基づいて築城された珍しい城格であり、その緻密な石垣や曲輪(敷地の配置)は当時のまま残されています。

▶ 江戸時代から残る現存建築「狸櫓」と「北虎口門」
 昭和に建てられた建築だけでなく、江戸時代から一度も壊れずに残っている貴重な国の重要文化財級の遺構もしっかり見ることができます。

▶ 「城泊」としての先進的な再生
 前述の通り、昭和の建築物だからこその柔軟性を生かした「城泊」により、世界から注目を集める持続可能な観光モデルへと生まれ変わっています。

まとめ:歴史の「違い」と「活用」を知ると、城めぐりはもっと面白い!

ただ「綺麗な城だな」と眺めるだけでなく、
 「実は江戸時代には天守閣がなかった」
 「昭和の観光ブームで建てられたコンクリートの天守閣なんだ」
 「それが今、新しい地方創生の拠点として生まれ変わっているんですね」
といったストーリーを知って訪れると、見え方がガラリと変わるのではないかと思います。

昭和のロマン、江戸時代の本物の遺構、そして現代の斬新な「地方創生の試み」が混ざり合う平戸城。長崎を訪れた際は、ぜひその奥深い歴史と進化のカタチを体感してみるとよいのではないかと思います。

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